Adversarial Robustness Toolbox(ART)は、AI*1セキュリティのためのPythonライブラリです。
ARTを使用することで、AIに対する攻撃手法(敵対的サンプル攻撃、データ汚染攻撃、モデル抽出、メンバーシップ推論など)とそれらに対する防御手法を検証することができます。攻撃からAIを守るためには、攻撃のメカニズムと適切な防御手法の理解が必要です。そこで本コラムでは、ARTを通してAIの安全を確保する技術を学んでいきます。
第2回は、敵対的サンプルを使用した標的型の回避攻撃を実践します。
敵対的サンプル(Adversarial Examples)とは、AIの誤分類を誘発するデータであり、摂動(せつどう)と呼ばれる微小な変化を元のデータに加え、意図的に特徴量を変化させることで作成します。敵対的サンプルに加えられる変化は微小であり、通常は人間の目で異常を捉えることはできません。それ故に、データが敵対的サンプルか否かを見破ることは非常に困難です。なお、敵対的サンプルは変化の加え方の違いにより2種類に大別され、一つは「任意のクラスに誤分類」される非標的型、もう一つは「特定のクラスに誤分類」される標的型になります。今回は、後者の「標的型」を実践します。
下図は、標的型の敵対的サンプルをAI(本例では画像分類器)に入力し、誤分類を誘発させている様子を表しています。
- 標的型の敵対的サンプルが特定のクラスに誤分類されている様子
このように、標的型の敵対的サンプルを用いて(攻撃者が意図した)特定のクラスに誤分類させる攻撃を「標的型の回避攻撃(Error-specific evasion attack)」と呼びます。
今回は、ARTに実装されているFast Gradient Signed Method(FGSM)を用いて敵対的サンプルを作成し、標的型の回避攻撃を実践します。
*1..本コラムにおけるAIの定義 |
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本コラムでは、画像分類や音声認識など、通常は人間の知能を必要とする作業を行うことができるコンピュータシステム、とりわけ機械学習を使用して作成されるシステム全般を「AI」と呼称することにします。 |
注意 |
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本コラムは、AIの安全を確保する技術を理解していただくために書かれています。本コラムの内容を検証する場合は、必ずご自身の管理下にあるシステムにて、ご自身の責任の下で実行してください。許可を得ずに第三者のシステムで実行した場合、法律により罰せられる可能性があります。 |
本コラムの内容を深く理解するには、敵対的サンプルの基本知識を有していることが好ましいです。
敵対的サンプルをご存じでない方は、事前にAIセキュリティ超入門:第2回 AIを騙す攻撃 – 敵対的サンプル –をご覧ください。
ハンズオン
本コラムは、実践を通じてARTを習得することを重視するため、ハンズオン形式で進めていきます。
ハンズオンは、皆様のお手元の環境、または、筆者らが用意したGoogle Colaboratory*2にて実行いただけます。
Google Colaboratoryを利用してハンズオンを行いたい方は、以下のURLにアクセスしましょう。
Google Colaboratory:ART超入門 – 第2回:標的型の回避攻撃 –
*2:Colaboratoryを使用するために |
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Google Colaboratoryを利用するためにはGoogleアカウントが必要です。 お持ちでない方は、お手数ですが、先にGoogleアカウントの作成をお願いします。 |
お手元の環境でハンズオンを行いたい方は、以下の解説に沿ってコードを実行してください。
事前準備
ARTのインストール
ARTはPythonの組み込みライブラリではないため、インストールします。
# [1-1]
# ARTのインストール。
pip3 install adversarial-robustness-toolbox
ライブラリのインポート
ARTや画像分類器の構築に必要なライブラリをインポートします。
本ハンズオンでは、TensorFlowに組み込まれているKerasを使用して画像分類器を構築するため、Kerasのクラスをインポートします。
また、ARTでFGSMを実行するクラスFastGradientMethod
などもインポートします。
# [1-2]
# 必要なライブラリのインポート
import random
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# TensorFlow with Keras.
import tensorflow as tf
from tensorflow.keras.models import Model
from tensorflow.keras.layers import Input, Dense, Flatten, Conv2D
from tensorflow.keras.layers import MaxPooling2D, GlobalAveragePooling2D, Dropout
tf.compat.v1.disable_eager_execution()
# ART
import art
from art.attacks.evasion import FastGradientMethod
from art.estimators.classification import KerasClassifier
データセットのロード
標的とする画像分類器の学習データとして、CIFAR10を使用します。
# [1-3]
# CIFAR10のロード。
(X_train, y_train), (X_test, y_test) = tf.keras.datasets.cifar10.load_data()
# CIFAR10のラベル。
classes = ['airplane', 'automobile', 'bird', 'cat', 'deer', 'dog', 'frog', 'horse', 'ship', 'truck']
num_classes = len(classes)
CIFAR10の収録画像を確認します。
ロードしたデータセットから25枚の画像をランダム抽出し、画面上に表示します。
# [1-4]
# データセットの可視化。
show_images = []
for _ in range(5 * 5):
show_images.append(X_train[random.randint(0, len(X_train))])
for idx, image in enumerate(show_images):
plt.subplot(5, 5, idx + 1)
plt.imshow(image)
# 学習データ数、テストデータ数を表示。
print(X_train.shape, y_train.shape)
CIFAR10には'airplane', 'automobile', 'bird', 'cat', 'deer', 'dog', 'frog', 'horse', 'ship', 'truck'
の10クラスの画像が60,000枚収録されています。
内訳は学習データ:50,000枚、テストデータ:10,000枚収録されており、各画像は32×32ピクセルのRGB形式です。
データセットの前処理
データセットを正規化し、ラベルをOne-hot-vector形式に変換します。
# [1-5]
# 正規化。
X_train = X_train.astype('float32') / 255
X_test = X_test.astype('float32') / 255
# ラベルをOne-hot-vector化。
y_train = tf.keras.utils.to_categorical(y_train, num_classes)
y_test = tf.keras.utils.to_categorical(y_test, num_classes)
攻撃対象モデルの作成
標的型回避攻撃の標的とする画像分類器を作成します。
モデルの定義
本ハンズオンでは、以下に示すCNN(Convolutional Neural Network)を定義します。
# [1-6]
# モデルの定義。
inputs = Input(shape=(32, 32, 3))
x = Conv2D(64, (3, 3), padding='SAME', activation='relu')(inputs)
x = Conv2D(64, (3, 3), padding='SAME', activation='relu')(x)
x = Dropout(0.25)(x)
x = MaxPooling2D()(x)
x = Conv2D(128, (3,3), padding='SAME', activation='relu')(x)
x = Conv2D(128, (3,3), padding='SAME', activation='relu')(x)
x = Dropout(0.25)(x)
x = MaxPooling2D()(x)
x = Conv2D(256, (3,3), padding='SAME', activation='relu')(x)
x = Conv2D(256, (3,3), padding='SAME', activation='relu')(x)
x = GlobalAveragePooling2D()(x)
x = Dense(1024, activation='relu')(x)
x = Dropout(0.25)(x)
y = Dense(10, activation='softmax')(x)
model = Model(inputs, y)
# モデルのコンパイル。
model.compile(optimizer=tf.keras.optimizers.Adam(),
loss='categorical_crossentropy',
metrics=['accuracy'])
model.summary()
モデルの学習
学習データX_train, y_train
を使用して画像分類器の学習を行います。
ハンズオン時間を短縮するため、エポック数は30に設定しています。
# [1-7]
# 学習の実行。
model.fit(X_train, y_train,
batch_size=512,
epochs=30,
validation_data=(X_test, y_test),
shuffle=True)
モデルの精度評価
テストデータX_test
を使用し、作成した画像分類器の推論精度を評価します。
# [1-8]
# モデルの精度評価。
predictions = model.predict(X_test)
accuracy = np.sum(np.argmax(predictions, axis=1) == np.argmax(y_test, axis=1)) / len(y_test)
print('Accuracy on benign test example: {}%'.format(accuracy * 100))
おそらく、推論精度は80%程度になったと思います。
敵対的サンプルの作成
ARTを使用し、標的型回避攻撃を行う敵対的サンプルを作成します。
Keras Classifierの適用
ARTで敵対的サンプルを作成するためには、攻撃対象の分類器をARTが提供するラッパークラスでラップする必要があります。
https://adversarial-robustness-toolbox.readthedocs.io/en/latest/modules/estimators/classification.html#keras-classifier
ARTにはTensorFlow, PyTorch, Scikit-learnなど、様々なフレームワークで作成したモデルをラップするクラスが用意されていますが、本ハンズオンではKerasを使用して分類器を作成しているため、KerasClassifier
を使用します。
- KerasClassifierの引数
model
:攻撃対象となる学習済み分類器を指定します。clip_values
:入力データの特徴量の最小値と最大値を指定します。use_logits
:分類器の出力形式がロジットの場合はTrue、確率値の場合はFalseを指定します。
# [1-9]
# 入力データの特徴量の最小値・最大値を指定。
# 特徴量は0.0~1.0の範囲に収まるように正規化しているため、最小値は0.0、最大値は1.0とする。
min_pixel_value = 0.0
max_pixel_value = 1.0
# モデルをART Keras Classifierでラップ。
classifier = KerasClassifier(model=model, clip_values=(min_pixel_value, max_pixel_value), use_logits=False)
FGSMの実行
ARTに実装されているFGSMを使用し、標的型の敵対的サンプルを作成します。
https://adversarial-robustness-toolbox.readthedocs.io/en/latest/modules/attacks/evasion.html#fast-gradient-method-fgm
今回は標的型になるため、誤分類させたいクラスデータをOne-hot-vector形式で作成します。
本ハンズオンでは、truck
クラス(10番目のクラス)に誤分類されるように敵対的サンプルを作成します。
# [1-10]
# 標的とするクラスデータをOne-hot-vector形式で作成する。
# クラス:['airplane', 'automobile', 'bird', 'cat', 'deer', 'dog', 'frog', 'horse', 'ship', 'truck']
y_test_targeted = []
for _ in range(len(y_test)):
# Truck(10番目)をオンにする。
y_test_targeted.append([0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 0.0, 1.0])
y_test_targeted = np.array(y_test_targeted)
FGSMのクラスFastGradientMethod
の引数として、ラップした分類器と摂動(微小な変化)の量、そして標的型を明示する引数を指定します。
FastGradientMethod
の引数estimator
:攻撃対象分類器をラップしたKerasClassifier
を指定します。eps
:敵対的サンプルに加える摂動の量を指定します。targeted
:標的型の敵対的サンプルを作成する場合はTrueを指定します。
# [1-11]
# FGSMインスタンスの作成。
attack = FastGradientMethod(estimator=classifier, eps=0.1, targeted=True)
上記のように、FastGradientMethod
の引数に必要な引数を指定するのみで、敵対的サンプルを作成することができます。
なお、第2引数に指定されたeps
の値に比例して攻撃の成功率(誤分類が誘発される確率)が高まりますが、(ノイズが多くなるため)見た目に不自然な画像になります。
よって、攻撃の成功率と敵対的サンプルの見た目の自然さはトレードオフの関係になります。
FGSMインスタンスのgenerate
メソッドを使用し、敵対的サンプルを生成します。generate
の引数y
には、[1-10]で作成した誤分類させたいクラスデータを指定します。
generate
の引数x
:敵対的サンプルのベースとなる正常データ(画像)を指定。y
:標的とするクラスデータを指定。
# [1-12]
# 敵対的サンプルの生成(ベース画像はテストデータとする)。
X_test_adv = attack.generate(x=X_test, y=y_test_targeted)
推論の実行
生成した敵対的サンプルを画像分類器に入力し、推論精度を評価します。
# [1-13]
# 敵対的サンプルを使用して画像分類器の推論精度を評価。
all_preds = model.predict(X_test_adv)
accuracy = np.sum(np.argmax(all_preds, axis=1) == np.argmax(y_test_targeted, axis=1)) / len(y_test_targeted)
print('Accuracy on Adversarial Exmaples: {}%'.format(accuracy * 100))
おそらく、30~40%程度の推論結果になったかと思います。
これは、10,000枚のテストデータの内、30~40%は意図したクラスに誤分類できていることを意味します。
次に、正常データと敵対的サンプルの推論結果を視覚的に確認します。
先ずは正常データを推論します。
# [1-14]
# 正常なデータ(摂動が加えられる前のデータ)。
target_index = 1
plt.imshow(X_test[target_index])
# 正常データの推論
pred = model.predict(X_test[target_index][np.newaxis, ...])
# 推論結果の表示。
print('True label: "{}"\nPrediction: "{}"'.format(classes[np.argmax(y_test[target_index])], classes[np.argmax(pred)]))
表示された画像が、画像分類器に入力された正常データです。
おそらく、実際のラベルTrue label
と画像分類器の予測ラベルPrediction
は一致していると思います。
次に敵対的サンプルを推論します。
# [1-15]
# 敵対的サンプル。
plt.imshow(X_test_adv[target_index])
# 敵対的サンプルの推論。
pred_adv = model.predict(X_test_adv[target_index][np.newaxis, ...])
# 推論結果の表示。
print('True label: "{}"\nPrediction: "{}"'.format(classes[np.argmax(y_test[target_index])], classes[np.argmax(pred_adv)]))
表示された画像が、画像分類器に入力された敵対的サンプルです。
摂動の影響によりノイズが乗っていますが、見た目にはTrue label
で示された画像に見えると思います。
しかし、実際のラベルTrue label
と画像分類器の予測ラベルPrediction
は一致しておらず、画像分類器の予測ラベルは[1-10]で指定したtruck
になっていると思われます。
※攻撃が上手くいかなかった方は、[1-14]のtarget_index
や[1-11]のeps
を変えるなどして試行錯誤してみてください。
このように、FGSMを使用して摂動を加えることで、攻撃者の意図したクラスに誤分類される敵対的サンプルを作成できることが分かりました。
おわりに
本ハンズオンでは「第2回:標的型の回避攻撃」と題し、特定のクラスに誤分類される敵対的サンプルをARTを使用して作成しました。
ARTを使用することで、少ないコード量で敵対的サンプルを作成できることが分かりました。
ARTを使用することで容易にAIのセキュリティテストを行うことができるため、ご興味を持たれた方がおりましたら、是非触ってみることをお勧めします。
以上